ポケットモンスターの思い出と、これからのポケットモンスターとの暮らし方

    ポケットモンスター世代である。どんぴしゃり、アニメが始まった年に10歳、主人公のサトシと同い年。原案・田尻智氏の出身地であり、サトシの育った町の舞台のモデルとも言われる東京都町田市で育ったわたしは、されどポケットモンスターを全くプレイすることのないまま大人になった。

もちろん特に避けていたわけなどではなく、たんにあまり興味を引かれなかっただけであり、それはテレビアニメの放送時間に習い事に通っていたためだったかと思う。
 
   きっかけは夫であった。夫とは学生時代から友人として接してはいたが、いざ交際をはじめたころはお互いにまだ相手について知らないことのほうが多かった。ポケモン好きな人だというのはなんとなく知っていたのだが、積極的に話題にのぼることはなかった。
そんな折、「ポケットモンスターブラック/ホワイト(以下B/W)」の発売が発表され、それが転機となった。
いわく、ポケットモンスター廃人であるというカミングアウト。重度のポケモンマニア、ただの「ポケモン好き」では言い表せないレベルであること。今後、深く関係を続けていくうえで、パートナーであるわたしにもポケットモンスターの知識を持ってほしいという嘆願であった。
わたしもオタク気質であるから、ながく続いているビッグタイトルに、いまから俄かに手を出して良いものかという戸惑があり、一度は断った。いっそはじめるなら、第1作から順を追いたいと思ったが、それほどの余暇はなかった。
だが「ポケットモンスターB/W」は、これまでのシリーズとは世界観もキャラクターも繋がっていない、いわば完全新作であるという夫の説得に押され、かくしてわたしは人生ではじめてモンスターボールを投げることとなったのだった。
 
   夫と、共通の友人たちとともにゲームを開始した時、まずわたしだけがなにも知識がない状態であった。
モンスターにはいくつかのタイプがあり、それによって攻撃の相性があること。タイプごとに得手不得手があり、互いに与えられるダメージに差ができるのだ。先ずはこれを理解しないとまともな勝負にならない。さらに複数のタイプをもつモンスターもいて、一筋縄ではいかない。はじめ横から見ていた夫が、これこれにはこれは効くよなど教えてくれたのだが、突っ撥ねた。ゲーム内で得られる情報と、実際に自分でバトルし試した結果から考えていきたいと言うと、友人も夫も寡黙に徹してくれた。
タイプ相性について教えてくれるキャラクターに出会ってはNintendoDSに付箋を貼り、戦いのなかで効果が判明するたびに書き留めた。すぐに付箋は溢れ、ノートの切れ端を持ち歩くようになった。攻撃判定の段階もわからなかったので、効率よく整然とした一覧表にすることもできず、発見の度に書き込みを重ね、ぼろけたノートは「古文書」とからかわれた。
 
自作の相性表とともにストーリーをクリアしたとき、マップの半分は未踏であった。ポケットモンスターというゲームは、基本はモンスターを収集していくコンセプトのものだが、その中で世界を揺るがす争いに巻き込まれたり、戦いを重ね育てたモンスターの強さで頂点を目指したりするといったストーリーがある。ストーリーがエンディングを迎えた後は、まだ見ぬモンスターを集めに旅を続けるのである。
大きな問題を解決し、強さの証を得たわたしは油断していた。夫も友人も「あとは収集だけだから」と明らかに気の緩みを見せていた。しかし、それまでポケットモンスターを知らなかったわたしにはここからが本当に難しかった。
 
未踏のマップに出てくるモンスターは、過去作のキャラクターであった。いままで出会ったモンスターたちは、ゲームを始める前に夫と見ていたポケモン情報番組やアニメなどで多少なり予習をしていたのだと思い知らされた。
全く見たことのないモンスターが次から次へと現れる。「古文書」をくしゃくしゃにしながら戦った。メタなことをいうがキャラクターデザインのテイストもそれまでと全く違い、見た目にも圧倒された。ゲームバランスの妙、最強の座を得たはずのわたしのモンスターたちが苦戦を強いられる。これがモンスターか、ポケットモンスターか! バトルの緊張感に動悸をおぼえ、わたしはどっぷりとポケットモンスターの魅力に取り憑かれていった。
 
 
   ポケットモンスターのもうひとつの楽しみとして、プレイヤー同士の対戦がある。自分の育てたモンスターを数匹選び、通信機能を使ってバトルするのだ。インターネットを使い見ず知らずの他人ともバトルできるし、相手が友人ならば友人ならではの駆け引きもある。ストーリーがクリアした頃には皆手持ちのモンスターもよく育っているので、夫と友人宅に行ってはバトルをし、ポケットモンスターとともに育ったベテランたちに揉まれ戦略を学んだ。
 
その日も「古文書」を持ち歩いてはいたが、もうあらかた相性は覚えていたし、バトルを繰り返してある程度の自信がついていた。友人が好んで連れているモンスターのタイプや、使ってくるわざも踏まえて作戦を練っていた。
 
   バトルが始まった。先鋒はいつものお気に入りのモンスター。わざの駆け引き。今日は勝つぞいう意気込み。試合中、モンスターの交代は基本的に自由であり、それも作戦の一端となる。友人がモンスターを交代させた。知らないモンスターだった。通信機能で、過去作から連れてきた、ポケットモンスターB/Wには現れないキャラクター。
 
それが、ウソッキーだった。知らないモンスターに緊張し、手に汗をおぼえた。作戦は? タイプは? こいつには何が効く?
初めて見つけたモンスター同様、タイプがわからないときはまず見た目で判断するしかない。よし、このわざが効くはずだ。自信があった。しかし、効かない。おかしい! 相手が攻撃してくる。ヤバい。では、これは? 違うタイプのわざを試す。これも効かない!!
ゲームをクリアして積み上げていた先の自信ががらがらと崩れていった。「古文書」が間違っているのかと思い何度も確認した。
友人はニヤリと笑い「ヒント出していいか?」と言った。逡巡したが、彼がわたしの楽しみを奪わない最低限の助言に留めてくれる信頼があった。ちきしょうめ、教えてくれ。「見た目に騙されてるんだよ。こいつの名前は何?」「ウソッキー」「よく読んで」「ウソッキー、うそ、つきー、うそ、嘘! 嘘つき!」
 
もちろん、様々な要素が絡み合うポケモンバトルは、タイプがわかっているからといって容易に勝てるものではない。ウソッキーのタイプも見破れないままに、そのバトルもあっさりと黒星を喫したが、得たものは最大であった。ポケットモンスターを始めてから、最高にわくわくした試合だった。おもしろいじゃないか、騙しやがって、うそつきめ。ポケットモンスターB/Wをクリアしたくらいでいい気になっていたわたしの横面は、ウソッキーにみごとに叩かれた。まだまだ、わたしには見も知らぬモンスターのほうが圧倒的に多いのだ!
 
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   3年のち、ポケットモンスターB2/W2を経て、ポケットモンスターX/Yの発売が発表された。わたしたち夫婦はポケモンの情報番組を見、インターネットで盛り上がるゲーマーたちの様子を見、アニメを見ては新しい世界への期待に胸を膨らませていた。発売されたポケットモンスターX/Yはとても楽しく、美しいグラフィックや、数々の新しい要素は時間の流れさえ忘れさせてくれた。
すっかりポケットモンスターにハマっていたわたしは、鍛えたわざで勝ちまくり、なかまを増やして次の町へと、ポケモンたちとの冒険に没入した。ストーリーから逸れてミニゲームに熱中し、寝食を忘れた日すらあったほどだ。
 
しかし、それでも物足りなかった。情報を持ちすぎていたのだ。X/Yに於いて、かつての興奮は得られなかった。
 
新要素のうち、ゲームバランスに関わる重大なものがあったのだが、それにまつわる情報は、わたしのプレイスタイルに相反するものだった。初めての世界、初めての町、初めて出会うポケモンとの戦いは、答えを見ながら問題集の解答欄を埋めるような、作業めいた虚しさがあった。
いや、初めて出会うはずのポケモンすら少なかった。殆どのモンスターは事前にテレビで見た姿をし、発表されたタイプをもち、すでにわたしの知っているわざを繰り出していた。
 
求めていたはずの感動も興奮も薄められていた。たぶんに、わたしはゲームの主人公に憑依したプレイが好きなんだろう。できる限り主人公と同じ目線で世界を見たい。主人公の知らないはずのことは、知りたくない。彼らとともに謎を解きたかった。
確かに、情報番組を見ていたときはワクワクしたし、番組内で初めてそれを知ったときは興奮もした。新しい要素をふまえて戦いの作戦を練るのも楽しかった。ただ、それではわたしは「あの日のウソッキー」には逢えないのだ。
 
 
 
   この文章はわたしのポケットモンスターとの接し方を記しているだけであり、他人の楽しみ方を揶揄するつもりはないので誤解なきよう願いたい。
明日、ポケットモンスターの新作についての情報が発表されるとのこと。ここから発売まで、次々と発表は続くと思う。わたしはこのタイミングで、まずインターネットから少し離れて生活しようと思う。ある程度の単語はミュートできても、まだ見ぬ新しいモンスターの名前などは避けようがない。
生来さみしがりな性格なので、SNSのアカウントを消したりはしないし、ポケットモンスター以外のイラストなんかを見たり描いたりとなんだかんだ覗くだろうと思うけれど。
いまはちょうどあまりテレビも見ていないが、それでもコマーシャルや街中に貼られるポスターなどもあるので、完璧に情報を遮断できるとは思えない。しかし、できる限り頑張りたい。うまくいくなんて保証はどこにもないけど、ある種のゲームのような、どこまでできるかの挑戦めいたこの決断に、少しわくわくしている。
 
新しい世界で、「あの日のウソッキー」に逢うために。
 
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